
26年間レコード店を営んで見えてきた、「人がレコードを買いたくなる日」の不思議
渋谷でオリジナル盤12インチシングル専門の中古レコード店を始めて、今年で26年になります。
こうして長く商売を続けていると、「さすがにお客さんの動きくらい読めるんじゃないですか?」なんて訊かれるコトがあります。
オイラも開業したばかりの頃の新米レコード店主時代はそう思っていました。
何年も商売を続けていれば、「今日はこれくらい売れそうだな」という感覚が自然と身に付くものだろう、と。
ところが、26年経った今、胸を張って言えることがあります。
実は、未だによく分かりません。(笑)
モチロン経験則はありますよ。
今日は土曜日だから人が多そうだ。
月末だから財布の紐も少し緩むだろう。
天気もいいし、渋谷の街には人が溢れている。
週末に合わせて人気盤やレア盤もたくさん店頭へ並べた。
SNSでも紹介した。
メルマガも配信した。
オンラインショップにも公開した。
「よしっ!今日は忙しくなるぞ。」ってカンジで店を開ける前は、いつもそんなコトを思っています。
ところが、そんな日に限ってお客さんがホトンド来ない。
レコード棚には自信を持っておすすめできる盤が並んでいるのに、お店の中は静まり返っている。
「えっ…今日はナニが起こっているんだ?」
閉店後、今日1日の売上を見ながら、マジで頭を抱えるコトもあります。
逆に、まったく予想していなかった日に信じられないことが起こるケースもあります。
平日。曇り空。給料日前。小売店として考えれば、決して条件が良いとは言えない日です。
むしろ、「今日は静かな1日になりそう…」って思うような日です。
ところが、そんな日に限って、お店を開けた瞬間から空気が違うんですよ。
日本のお客さんが来る、そのあと海外からのお客さんも来る、さらにまた別のお客さんが来る。
1人帰ると、また1人入ってくるってカンジで次々と来店客が訪れる。
レコード棚の前では、いつも以上に時間をかけておすすめコメントを読んでいる人がいたり、スマホで作品を調べている人がいるし、試聴をお願いされる回数も増える。
「この曲、メチャいいですねっ!」
「これも聴いてみてイイですか?」
そんな会話が自然と増えていく。
そして、レジへ持ってくる枚数がいつもより明らかに多いんですよ。
1人のお客さんが10枚、20枚とレコードを抱えてレジへ向かう姿を見ると、不思議なコトに他のお客さんまで同じようにレコードを棚から抜き始める。
「あの人がそんなに買うなら、自分ももう一度見てみよう。」
そんな心理が働いているのかどうかは分かりませんケドね。
でも、長年店頭に立っていると、空気が変わる瞬間は確かにカンジるんですよね。
で、スタッフ同士でも目が合います。
「……今日、なんかキテるね〜」
そしてこう言うんです…「今日はレコード欲しい光線が出てるな。」って。
「レコード欲しい光線」という、店だけの合言葉
もちろん、本当に宇宙から怪しい光線が降り注いでいるワケではありません。
これはオイラたちスタッフの間で自然に生まれたコトバです。
当店は渋谷の人が多く集まるメインではなく少し離れた場所にあります。
2000年前後、DJブーム真っ只中の頃、この界隈には数え切れないほどレコード店が並び、「世界一レコード店が密集している街」とまで言われていました。
ところがブームが終わると状況は一変します。
デジタル音源でのプレイが主流になり、DJプレイとしてのアナログレコードの役目は終わりました。
そして渋谷界隈のレコード業界は長い冬の時代を迎えました。
リアル店舗よりネット通販へそんな流れも加速しました。
オイラのお店も、実店舗と通信販売の両輪で何とかその時代を乗り越えてきました。
それでも不思議だったのは、そんな逆風の時代にも、年に何度か「今日は一体どうしたんだ?」という日が必ずあったコトです。
開店から次々とお客さんが訪れる、しかも、お客さんはまったくの他人で知り合い関係ではではありません。
にも関わらず、示し合わせたようにレコード店に集まり次々とレコードを買っていく日。
まるで誰かが「今日はレコードを買う日ですよ」と合図を出しているような光景なんですよね。
その様子を見て、
「もしかして宇宙から『レコード買いたい光線』でも照射されてるんじゃない?」
そんな冗談をスタッフ同士で言い始めたのが、このコトバの始まりです。
光線が出ているなんてもちろん冗談ですよ、でも26年間店頭に立ち続けた今でも、このコトバ以上にしっくりくる表現をオイラは知りません。
最近は世界的なアナログレコード人気もあって、こうした「レコード欲しい光線」が出ているように感じる日が以前より増えた気もします。
ただ、ひとつだけ変わらないコトがあります。
それは、「どうしてその日に限って、みんなが一斉にレコードを欲しくなるのか、その理由だけは今でも分からない」というコトです。
だからこそ、この現象について、少し真面目に考えてみたくなりました。
人は本当に、それぞれ自由に買い物をしているのでしょうか、それとも私たちが気付かないだけで、「今日は何かを買いたい」と思わせる共通のスイッチが、ドコかに存在しているのでしょうか。
26年間レコード店を続けてきた現場の感覚と、人の購買心理を研究する考え方を重ね合わせながら、この不思議な現象について、少し掘り下げてみたいと思います。
経験則は確かにある。でも、その経験則だけでは説明できない。
商売をしている人なら、おそらく誰もが「売れそうな日」という感覚を持っていると思います。
オイラも毎朝、渋谷駅を降りてお店へ向かうまでの道で、街の様子を自然と観察しています。
「今日は人が多いな。」
「天気も良いし、なんとなく街全体が浮き足立っている。」
「今日は売れそうだぞ。」
そんなコトを毎日のように考えています。
実際、小売店にはある程度の法則があります。
週末は人が増える。
月末は財布の紐が緩みやすい。
連休やボーナスシーズンは買い物モードになりやすい。
みたいなカンジでこれは長年商売をしていなくても、多くの人が感覚的に理解しているコトでしょう。
だから当店でも、毎週金曜日の夕方には新入荷の商品をイッキに店頭へ並べます。
いわゆる「花金(死語ですね)」を意識した品出しです。
「仕事を頑張った自分へのご褒美に、週末はレコードでも探しに行こう。」
そんな気持ちになる人は少なくありません。
さらに月末には、人気盤やレア盤をいつもより多めに投入します。
SNSでも毎日のようにおすすめ盤を紹介し、メルマガも配信する。
オンラインショップにも同時に掲載するってカンジでお店としてできることは、できる限りやっています。
ところが、ココから先が本当に難しい…同じコトをしているのに、結果がまったく違う日があるんですよね。
ある月末の最終土曜日。
天気は快晴。
街にはたくさんの人。
「今日はかなり忙しくなるだろう。」
そう思っていました。オイラの経験則では100点満点の好条件が揃っている日です。
ところが…お客さんが来ない、ホントにまったく来ない。
渋谷の街にはあれだけ人が歩いているのに、お店だけ時間が止まってしまったような静けさです。
「あれ?ナンかおかしいぞ。」ってそんな感覚になります。
もちろん、商売ですからこういう日はあります。
26年もやっていれば、「今日はダメだったな」と気持ちを切り替える術も多少は身に付きました。
でも、それに慣れるコトはありませんよ。
閉店後、1人で売上を見ながら、
「今日は、ナニが悪かったんだろう…。」って考えます。
店頭の商品構成がイマイチだったのか。
SNSの内容がショボかったのか。
接客だったのか。
ナニか見落としがあったのか。
思いつく限り考えるのですが、本当にナニも思い当たらない日があるんです。
改善点が見つかれば、次につなげられます。でも、原因そのものが分からないんですよ。
これは経営者として、実はかなりツライことです。
極端な話、「今日は店先に鬼でも立っていたのかな。」とか「悪霊が店内を漂っていたんじゃないか。」ってそんな冗談を言いたくなるくらい、お客さんが入ってこない日もあります。(笑)
もちろん冗談ですが、それくらい理由が見当たらないんですよね。
ところが翌日になると、商品は昨日とまったく同じ。
天気はむしろ悪い。
それなのに、お客さんが次々と来店してレコードが飛ぶように売れる。
こんな経験を何度も何度も繰り返してきました。
26年前のオイラは、「長年商売を続ければ売上はある程度予測できるようになる」と思っていました。
でも現実は違いました。
少なくとも当店のような零細小売店では、その日の売上を完璧に読むコトなんてできません。
この仕事は、思っていた以上に「人の気持ち」を相手にしている商売だったんです。
人は本当に、自分の意思だけで買い物をしているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、オイラはある疑問を持つようになったんですよね。
もしかすると、お客さん自身も、
「今日はどうしてレコードを買いたくなったのか。」ってその理由を説明できないのではないか…と。
もちろん、「今日はレコードを掘るぞ!」と朝から目的を決めて来店されるお客さんもいます。
遠方から渋谷を目指して来てくださる方もいます。
そういうお客さんは、最初からレコードを買うスイッチが入っています。
でも一方で、
「今日は服でも見ようかな。」
「食事をしようかな。」
ってそんな目的で渋谷へ来た人が、街を歩いているうちに、ふとレコード店へ立ち寄るコトもあります。
そして店内で流れている音楽を聴き、ジャケットを眺め、他のお客さんが熱心にレコードを掘っている姿を見ているうちに、
「ちょっと1枚買ってみようかな。」ってそんな気持ちになる人も少なくありません。
つまり、「レコードを買う」という行動は、お店へ入る前から決まっている場合もあれば、お店へ入ってから生まれる場合もあるというコトです。
その違いは、どこから生まれるのでしょうか…。
ココで少し、行動経済学という分野の考え方がヒントになるかもしれません。
行動経済学では、人は常に合理的に行動するわけではなく、そのときの気分や周囲の環境、他人の行動など、さまざまな影響を受けながら意思決定をしていると考えられるそうです。
例えば、誰かがレコードを何枚も抱えてレジへ向かう姿を見ると、
「そんなにいいレコードがあるのかな。」と気になってしまう。
これは「同調行動」と呼ばれる心理に近いものです。
また、店内で流れている音楽や、おすすめコメント、ジャケットのデザインにココロを動かされる。
それまで意識していなかった作品なのに、急に欲しくなる…これは「プライミング効果」と呼ばれる考え方とも重なります。
さらに、「このオリジナル盤は次にいつ出会えるか分からない。」そんな希少性が購買意欲を後押しすることもあります。
どれも「ナルホドなぁ〜」って自分に置き換えても心当たりがある理論です。
実際、店頭に立っていると、「確かにそういうことはあるな」と感じる場面も少なくありません。
でも、オイラは同時にこうも思うんです。
「これだけでは説明しきれない何かが、まだあるんじゃないか。」って。
だって、同じように音楽を流し、同じように接客をし、同じようにSNSで紹介していても、「今日はレコード欲しい光線が出ている日」と「まったく出ていない日」があるんですから。
そこに、もうひとつ別の視点があるような気がするんですよね。
「レコード欲しい光線」は、創発という現象なのかもしれない。
行動経済学の本を読んでいると、
「あぁ、ナルホド…」と思うコトはたくさんあります。
同調行動・気分一致効果・プライミング効果・希少性効果。
どれも、店頭で見てきたお客さんの行動と重なる部分があります。
でも、それでもオイラの中には、まだ説明しきれない感覚が残ります。
例えば、ある1人のお客さんがレコードを20枚買います。
その姿を見た別のお客さんも、レコード棚へ戻ります。
さらに別のお客さんも試聴を始めます。
店内で流れている音楽が盛り上がる。
スタッフも自然とテンションが上がる。
接客にも熱が入る。
すると、お客さんも楽しそうにレコードを掘り始める。
その空気がまた次のお客さんへ伝わる。
まるで店全体が一つの生き物になったように、熱量がどんどん増幅してゆく感覚です。
逆に、静かな日はどこまでも静か…。誰も悪くない。レコードも昨日と同じで店内で流れている音楽も悪くない。
なのに、不思議なくらい静寂だけが流れている。
オイラは、この現象を見ながら、最近ある考え方に興味を持つようになりました。
それが「複雑系」や「創発」という考え方です。
ちょっと聞き慣れない少し難しいコトバですが、考え方は意外とシンプルです。
例えば、鳥の群れ。
何百羽もの鳥が空を飛んでいるのに、一斉に向きを変えます。
誰かリーダーが笛を吹いているわけではありません。
アリの行列もそうですね、一匹一匹は単純な行動をしているだけなのに、全体として見ると、とても秩序だった動きをしています。
これを「創発」と呼ぶそうです。
全体を指揮する存在はいない。
それでも全体として、ひとつの現象が生まれる。
もしかしたら人間社会にも、似たようなコトが起きているのかもしれませんね。
もちろん、お客さん同士が事前に連絡を取り合って、「今日は渋谷のレコード屋へ行こう。」なんて相談しているワケではありません。
でも、その日は同じニュースを見ていたかもしれない。
たまたま同じ音楽を聴いていたかもしれない。
SNSで同じ投稿を目にしたかもしれない。
仕事が一段落した人が多かったのかもしれない。
旅行中だったのかもしれない。
渋谷へ用事が重なっただけかもしれない。
そうした無数の小さなキッカケが、偶然同じ方向へ積み重なった結果、
「今日はレコードを買いたい。」という空気が生まれるみたいなイメージです。
そんなコトがあっても、不思議ではないような気がしています。
もちろん、これはオイラの仮説です。
「レコード欲しい光線」の正体が創発だ、と言い切るつもりはありません。
でも、26年間店頭で見てきた景色を思い返すと、この考え方が今のところ一番しっくりきています。
レコードを買う人は、音楽だけを買っているワケじゃない。
もう一つ、この仕事を続けていて感じるコトがあります。
それは、お客さんは「音楽」だけを買っているワケではないというコトです。
90年代から2000年代前半のDJブームの頃は、憧れのDJがプレイしたレコードを探す人がたくさんいました。
「あのDJと同じレコードが欲しい。」
そんな気持ちだったと思います。
心理学では「同一化」と呼ばれる考え方がありますが、まさにそんな感覚だったのでしょう。
でも、今は少し違います。
・レコードブームだから始めた人。
・ストリーミングでは味わえない音を楽しみたい人。
・大きなジャケットを飾りたい人。
・スマホではなく、「モノ」として音楽を所有したい人。
・偶然レコード店で探していた1枚に出会い、その瞬間の喜びを味わいたい人。
つまり、人それぞれが違うものを求めてレコードを買っています。
音楽を聴くため。
コレクションするため。
思い出を増やすため。
休日を楽しむため。
宝探しをするため。
その全部が重なって、「レコードを買う」という体験になっている。
だからこそ、レコードは面白いんでしょうね。
そして、その「欲しい」という感情が、ある日どこかで同期するコトがある。
オイラには、そんなふうに思えちゃうんですよね〜。
だから今日も、「来てよかった」と思える店でありたい。
もし本当に、
「レコード欲しい光線スイッチ」
なんてものがAmazonで売っていたらどうするか?
迷わず買います。(笑)1000万円でも買うと思います。
そして毎朝、お店を開ける前にポチッとスイッチを押します。
でも、そんな便利なスイッチは存在しません。
だから商売は難しい…でも、だからこそ面白いんでしょうね。
26年間お店を続けてきても、売れる日もあれば、まったく売れない日もあります。
その理由は、今でも分かりませんっ!
きっと、この先も分からないでしょうね。
でも、ひとつだけ分かっているコトがあります。
「レコード欲しい光線」を店側が自由に出すことはできない。
しかし、その光線を浴びたお客さんが店へ来てくれた時に、
「今日は来てよかったなぁ。」
「この店なら、また来たいな!」
そう思っていただける店を作るコトは、オイラたちの努力で実現できます。
26年間商売をしてきて思うのは、結局そこなんですよね。
流れは読めないし、人の気持ちも完全には分からない。
でも、お店の努力だけは自分たちで決められるし、実践できる。
だからオイラは今日も、おすすめコメントを書き綴るし、店頭でレコードを磨きます。
試聴の準備もするし、新しい入荷をレコード棚へ並べます。
「この店に来ればナニかよいレコードが必ず見つかる。」
そう思ってもらえる店を目指して、毎日お店を開けています。
PHARRELL ft. JAY-Z / FRONTIN'
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そして、この記事を読んでくれた人にも、ひとつだけ訊いてみたいコトがあります。
あなたにはありませんか?ナゼか急にレコードが欲しくなる日…って。
特に探していたワケでもないのに、気が付けばレコード店へ向かっている日。
オイラは、その不思議な現象を勝手に「レコード欲しい光線」と呼んでいます。
さて、あなたの「レコード欲しい光線」は、一体ナニがきっかけで出ているのでしょうか。
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