渋谷レコード店日記 - アナログレコードコレクションのススメ

東京 渋谷の12インチシングル専門の中古レコード屋next. recordsで日々思ったコトやレコードについて書いてます

outkast_msjackson_reg

ヒット曲の裏側を読み解く音楽制作のハナシ

オイラは毎日、Instagramでおすすめの12インチシングルを紹介しています。
ただ「良い曲です」ではつまらないから、その曲が生まれた背景や制作陣、当時のシーンなんかも含めてできるだけ深掘りな解説をしています。

そんな作業を続けていると、

「アレ…この曲、アーティスト以上にプロデューサーの色が強くないか?」ってコトに気がつきます。

音楽の主役はもちろんアーティストです…歌い、演奏し、表現するのはやはり彼らです。

でも、レコードジャケットやレーベルに記載されているクレジットをじっくり見ていくと、同じ名前のプロデューサーが別のアーティストのヒット曲にも並んでいるってケースが少なくありません。

そして不思議なコトに、そのプロデューサーが関わっている曲は、どれも「似た雰囲気」がする。

で、思ったんですよ…。

「もしかして、このヒットはプロデューサーが生んだのでは?」

今回はそんな“アーティストとは別のもう1人の主役であるプロデューサーについて整理してみたい。


プロデューサーって何をしている人?

フダン音楽を聴いていると、アーティスト名は覚えていてもプロデューサー名までは意識しないコトが多いと思うんですよね。

でも楽曲の制作現場では、プロデューサーはかなり重要な存在です。

例えるなら映画の監督であったりスポーツのコーチみたいな存在ですね。

アーティストがフツフツと内側から湧き上がる衝動を持つ存在だとすれば、プロデューサーは外側からその衝動を整理し、カタチにする人みたいな役割ですね。

テンポを変える。
キーを下げる。
サビをもう一度作らせる。
不要なパートを削る。

場合によってはバックミュージシャンの選定やスタジオの選択まで決めたりすることもあります。

つまり「この曲をどう完成させるか」の最終責任を負うのがプロデューサーという立場になります。


12インチ文化とプロデューサー

当店が扱っている12インチシングルの世界では、プロデューサーの存在は特に重要だったりします。

もうゼッタイに無視できない存在ですね。

70〜80年代のDiscoやPost Discoの時代は、12インチはDJのためのフォーマットでした。

長いイントロ、ブレイク、ダブミックスにさまざまなリミックス…。
これらは決して偶然生まれたものではありません。

フロアを知るプロデューサーが緻密に設計しているワケです。

同じアーティストでも、プロデューサーが違うとまるで別物のサウンドになります。

だから商品札に「◯◯がプロデュース!」と書くだけで、それはブランドになるんですよね。

実際、お客さんとの会話でも

「このアーティストが好きだったんですケド、実はプロデュースしている◯◯の曲が好きだったみたいです。」

コレって、本当に多いんですよね〜。

つまり聴き手であるリスナーは無意識に「プロデューサーの色」を聴いているとも言えますよね。


衝突が生む名盤

自己表現の塊のようなアーティストと、客観的に作品を整えるプロデューサー。

この関係は時に衝突します。

でも面白いのは、その衝突が名盤を生むことがあるというコトでしょう。

やっぱりアーティストって結構、感情で進みたがるトコロってあると思うんですよ。
だけどプロデューサーは完成度で止める。

この緊張感が、余分なものを削ぎ落とし、核心だけを残すみたいな効果があるようです。

一方で、衝突が悪い方向に進むとどうなるか…。

方向性が定まらず、ドッチつかずのボンヤリした作品になっちゃうみたいですね。
また場合によってはヒットの再現を狙いすぎて、前作の劣化コピーになる…このケースもよくありますよね。
時には音が整いすぎてそのアーティストの躍動感や生命感が損なわれるコトもあったりします。

ん〜成功と失敗は紙一重ってカンジですね。


なぜセルフプロデュースが増えたのか?

イロイロ調べてみるとどうやら90年代以降、セルフプロデュース志向が強まったようです。

楽曲制作における環境やテクノロジーの進化で、自宅で録音できるようになったコトも大きいようですね。

でもそれ以上に、

「自分の物語を自分でコントロールしたい」

ってアーティスト自身の欲求が強くなったんじゃないかなって思います。

80年代はヒット工場型のプロダクションが強く、アーティストの個性が均質化することもあったようです。

その反動として、DIY精神や自主制作文化が広がったみたいな流れでしょうね。

ただし、セルフプロデュースが必ずしも正解ではないっていうコトもあります。

やはり外部の耳が入らないと、客観性を失うコトもあるようですね。

結局はバランスなのかもしれません。


プロデューサーで聴く音楽

コレまでアーティスト名で曲を探していた人にオススメのレコードの探しかたのご提案。

次はプロデューサー名で探してみてはどうでしょうか。

同じプロデューサーが手掛けた別アーティストの曲を聴くと、音の共通点っていうのが結構が見えてくるんですよ。

Next Recordsのオンラインサイトでは各レコードにタグを付けているので気になるプロデューサー名のタグをクリックして、横断的に試聴してみてください。

きっと「あ〜ナルホドね〜」と思う瞬間があると思いますよ。


レコードは設計思想の結晶

アナログレコードの面白さは、クレジットが物理的に残るコトでもあります。

ジャケットを裏返し、小さな文字を読んでみるとそこに制作の痕跡があるワケです。

ストリーミングでは見逃しがちな情報が、12インチシングルにはガッツリと刻まれています。

当店では店頭に並んでいる商品札にそういったプロデューサー名をキッチリ記載しています。
コレって単なる情報ではなく、その曲の設計思想としてとても大切な情報だと思うんですよね〜。


調べれば調べるホド、プロデューサーの役割は想像以上に大きいってコトがよく解ります。

メチャヒットした曲も、もし別のプロデューサーだったら全然違う結果になっていたかもしれないですしね。

でも主役はやっぱりアーティストです。

プロデューサーはあくまでも影の設計者という存在です。

この関係が面白いですよね。


だけど音楽はアーティストだけでできているワケではないっていうのがよく解ります。

その背後にいるプロデューサー、エンジニア、バックミュージシャン。

特にプロデューサーは、楽曲の方向性を決める極めて重要な存在です。

次にレコードを手に取ったら、ぜひクレジットを見てみてほしいなぁ〜って思います。

そして、
「このプロデューサーが関わっているなら間違いないっ!」

そんなお気に入りの名前をゼヒ、見つけてほしいですね。

タブン、音楽の聴き方が少しだけ変わると思いますよ


店頭でもオンラインでも、ぜひプロデューサーという視点でレコードを探してみてください。

音楽は、もっと面白くなると思いますよっ!


Next Recordsではインスタグラムもやっています!
入魂のレコメンドで毎日、ナイスでグッドなレコードを紹介していますのでゼヒ、フォローしてくださいっ!


渋谷の12インチシングル専門の中古レコード店next. recordsでは12インチシングルのレコードを買取をやっています!
ゼヒ、お気軽にお問い合わせください!


毎週、金曜日に新入荷のアナログレコードをサイトにUPしています。


このブログは、渋谷で唯一の12インチシングル専門のレコード屋、next recordsが、運営しています。


Next Records Shop at Shibuya Tokyo Japan.
We are a small record store but we welcome you with a huge selection of original pressed 12" singles.
If you visit Tokyo, please visit our record store!


blacknuss_thinkingofyou
オイラは毎日、店頭に並んでいる12インチシングルの中から1枚を選んで、Instagramにレコメンド記事を投稿しています。
紹介する曲の背景やそのアーティストのプロフィールとかをウィキペディアや公式サイト等で調べて、自分なりの解釈を交えながら紹介する時間は、正直いって結構まぁまぁ楽しかったりします。

で、調べ物をする中で、フト気づいたコトがあります。

「アレ?この曲ってカバーだったのか…」って。

しかも、そういうケースってホントに多いんですよね。

まぁ〜オイラの浅い音楽知識では、そういうのも仕方がナイのですが…(笑)

で、思ったんですよ…表現者であるプロのアーティストが、どうして他人の曲を歌うのだろうって。
アルバムの1曲として収録するならまだしも、シングルカットされている場合も少なくないんですよね〜アーティストにとってシングルってのは、セールスの顔でもあるワケですよ、そうイミではいわば勝負曲だとも言えます。

なのにどうして、他人が作った曲 & 物語を自分の代表曲にするのか…。

今回は、そんな疑問を出発点に、カバー曲についてオイラなりにじっくりと考えてみたいと思います。


なぜプロはカバーするのか?

最初は単純に、商業的な理由だと思っていたんですよね。

すでに知名度のある曲をカバーすれば、元曲の認知度に乗っかるコトができるしね。

レコード会社の戦略としては、カバー曲をリリースするコトってアル意味で合理的な判断だともいえます。

新人アーティストがヒット曲をカバーして注目を集める例は枚挙にいとまがないですよね。

でも、それだけなんでしょうかね〜。

オイラはレコードを眺めながら、もう少し深い理由があるのではないかとカンジるようになったワケです。

まず前提として、アーティスト・ミュージシャンにはいくつかのタイプがいると思います。

自分で曲を書くソングライター型。
歌や演奏で楽曲を最大限に輝かせるパフォーマー型。
そして、その両方を兼ねるタイプ。

プロの世界では、「自作曲でなければ価値がない」という考え方は必ずしも主流ではないと思います。

むしろ「この曲を最も輝かせられるのは誰か」という視点の方が重要になるコトも多いんじゃないでしょうか。

音楽は「創る」芸術であると同時に、「解釈する」芸術でもあると思います。

例えばJazzのスタンダードを思い浮かべてみると、同じ曲を何十人ものミュージシャンが演奏しています。でも、どれも同じにはならないですよね。

テンポ、フレージング、音色、グルーヴ…そこに宿るのは、その曲をプレイしている演奏者の人生そのものです。

カバーとは、他人の曲を借りる行為ではなくって「自分のフィルターを通して語り直す」行為なのかもしれないって思ったワケです。

そしてもうひとつ、カバーはリスペクトでもあるとも言えます。

個人的には音楽は系譜だと思っているんですよね。
例えばSoulはゴスペルから、RockはBluesから、HipHopはSoulやFunkから生まれたワケです。

好きだから歌う。
影響を受けたから弾く。

それは継承であり、対話でもあると思うんですよね。

ちょっとロマンチックな言い方だと「カバー曲は、過去と現在をつなぐ橋」なんじゃないかなってレコード棚を整理しながら時々思ったりするワケです。


シングルという「勝負のフォーマット」

Next Recordsは12インチシングル専門のレコード店です。
シングルは、アーティストの名刺のような存在だとも言えます。

特にダンスミュージックの世界では、12インチは武器でもあります。
フロアでどう鳴るか、どう身体を動かすか…それが全てみたいなトコロってありますからね。

そんなフォーマットでカバーを出すというコトは、「この曲で勝負するっ!」という宣言に近いですよね。

アーティスト的にはココには葛藤もあるハズです。

他人の曲をやることへの抵抗。
オリジナルとの比較。
ファンからの評価。

それでもカバーを選ぶのは、その曲を「自分のモノにできる」と確信した瞬間なのじゃないかな。

そういった考えだと、元曲を聴いて「確かにこの曲、イイ曲だけどもっとこうすれば更にカッコよくなるんじゃないかな」とか思ったりするんでしょうね。

で、表現者の性分として自分の思うようなスタイルでこの曲をカバーする…で出来上がったカバー曲のを多くの人に聴いてもらいたくなる…「よしっ!シングルカットしてオレのカバー曲で勝負してやるっ!」みたいなカンジになるのかもしれませんね〜まぁ、かなり妄想が入っていますが(笑)


カバーがオリジナルを超える瞬間

では、カバーがオリジナルを超えるコトはあるのだろうか。

コレね〜結構多くあると思うんですよね。

ただし、超えるとは「売れた」という意味では決してありません。
曲の「意味」が更新されるコトだという解釈です。

同じメロディ、同じ歌詞でも、歌う人が変わればその物語は変わる…みたいなカンジです。

例えば男性目線のラブソングが、女性の視点で歌われた瞬間、その曲は別のメッセージを帯びてきます。

ジャンルが変われば、身体性も変わる。
ホッコリ和やかなFolkがキレキレのRockになり、しっとりと聴かせるバラードがエモーショナルなHouseになる。

ダンスフロアで鳴った瞬間、それまで静かに聴かれていた曲が踊れる曲に変わるみたいなイメージですね。

12インチ文化は、この「更新」を加速させたフォーマットだとも言えます。

ロングバージョン、ダブミックス、リミックス。
原曲を素材に、再構築する…これはコピーではなくって新たな再解釈であるワケです。

「カバーは、慣れ親しんだ物語を、別の語り部が語るようなものですよ」ってよく店頭でお客様に言ったりしています。

その曲の結末は知っている…でも、語り口が違えば、感動はまったく別モノのように変わる。


時代の鏡としてのカバー

カバーを聴き比べると、面白い発見に気が付きます。

同じ曲なのに、
70年代は生音主体、
80年代はシンセが前に出て、
90年代はビートが太くなる。

音の質感は、時代の鏡でもあるワケです。

個人的にはこれを「時間旅行」的感覚だと思っている。

ある曲のカバーをキッカケに元曲へ遡る、さらにその曲のルーツを辿るみたいカンジですね。

レコードは、音楽の歴史の地層みたいなものかもしれませんね〜。


カバーは葛藤の産物でもある

それでも、表現者としての葛藤はやっぱりアルんじゃないかな〜。

他人の曲をやることへの違和感や比較される怖さみたいなトコロってありますからね。

でも逆に言えば、オリジナルがあるからこそ、カバーは丸裸になるとも言えます。

そういったイミでは言い訳ができないワケです。

アーティスト的にはそこに覚悟があるのかもしれませんね。

だからこそ、カバーが成功したときの輝きは結構強いんじゃないかな。


レコード屋として思うコト

オイラの店には、オリジナルの元曲のレコードもあれば、カバーのレコードも扱っています。

同じ曲だけど市場価値はまったく違うんですよね。
でも音楽的価値はホント単純ではないですよね。

元曲を知らなかったお客様が、カバーから入ってルーツを辿る姿なんかを見ると、音楽の面白さを改めてカンジるワケです。

元曲とはジャンルや音色が全然違っていてもカバーは新たにその曲を聴く人たちの入口になるってコトも多いですしね。

そして時には、元曲よりもその人の人生に深く刺さるコトもあったりしますしね。

それって、スゴいコトじゃないですか。


次にカバーを聴くときは

次にカバー曲を耳にしたときに「どうしてこのアーティストは、この曲をカバーしたんだろう?」って少しだけ考えてみてください。

ヒット曲だから?
尊敬する先達へのオマージュ?
それとも、今の時代にこの歌詞を投げかける意味を感じたから?

背景を想像するだけで、その曲は一段と立体的になると思うんですよね。

で、オイラがぜひオススメしたいのは、聴き比べるコトです。

元曲とカバーを続けて聴いてみると、不思議なホド違いが浮かび上がってくる。

テンポは速いのか遅いのか。
キーは変わっているか。
イントロはアレンジの仕方。
ドラムは生か打ち込みか。
ベースラインは強調されているか。

特に12インチシングルの場合、ロングイントロやブレイクの処理、ビートの抜き差し、空間の使い方に、そのアーティストやリミキサーの美学が明確に出てきますよね。

「あ、この人はフロアで鳴らすコトを前提に再構築しているな」とか、
「原曲のメロディを残しながら、グルーヴだけを今っぽくしているな」とか。

そうやって耳を澄ませていくと、カバーは「答え合わせ」ではなく、「解釈の比較」になると思います。

そしてもうひとつ面白いのは、声の違いです。

同じ歌詞でも、
ささやくように歌うのか、
叫ぶように歌うのか、
淡々と語るのか。

声の質感、息遣い、間の取り方で、曲の物語はまるで違う方向へ進んでゆきます。

カバーは、慣れ親しんだ物語を、別の語り部が語ってくれるようなモノですからね。

さらに一歩踏み込むなら、「このカバーが出た時代」を想像してみるのも楽しいと思いますよ。

70年代の温かい生音。
80年代のシンセの煌めき。
90年代の太いビート。
2000年代以降の洗練された音圧。

同じ曲が、時代というフィルターを通してガラリと姿を変えるワケです。
ホント、カバーは時代の鏡でもあるってコトがよく判ります。

そして、最後にもうひとつ。

カバーから元曲へ、さらにそのルーツへと遡っていくコトもイイですよ。

「あ、このコード進行、もっと古い曲にも使われているな」
「このメロディ、Jazz由来だな」なんてカンジで掘っていくと、音楽は一本の線ではなく、巨大な樹のように枝分かれしているコトが判ってきます。


レコードは、そういう聴き方ができるメディアだと思うんですよね。

レコードプレーヤーの前に立ってレコード盤に針を落とすという行為は、音楽に真正面からストレートに向き合うというコトでもありますからね。



元曲は無名でカバーで世界的ヒットになった有名曲

ココまでカバー曲についてイロイロ書いてきましたが、じゃあカバー曲で元曲はソレホド有名じゃなかったのにカバーされたコトで世界中に知れ渡るコトになった曲ってナニ?って言うのが気になったので調べてみました。


Whitney Houston / I Will Always Love You (1992)



原曲:Dolly Parton / / I Will Always Love You (1974)



コレは、調べる前から「タブン、このカバー曲だろうな〜」って思っていた通りでした。

原曲は Dolly Parton が1974年に発表したカントリー・バラードです。
恋人への歌ではなく、当時のプロデューサーでありビジネスパートナーとの決別に際して書かれた曲だったそうです。

原曲は素朴で温かく、アコースティック主体であくまで「私的な手紙」のような楽曲です。

実は当初、映画の主題歌候補は別の楽曲だったそうです。
しかし権利の問題などで使用できなくなり、代替案を探していたトコロ、俳優のケヴィン・コスナーがDolly Partonの曲を提案したとされています。


やはりこの曲はプロデューサーの David Foster による大胆なアレンジの刷新がWhitney Houstonの圧倒的なヴォーカルワークと見事にハマったんでしょうね。

ちなみにWhitney Houstonのカバーが世界的にヒットしたコトで原曲を歌ったDolly Partonは嫉妬どころか、誇りに思っていたと言われてます。

Whitney Houston版の成功により、Dolly Parton自身の印税収入も大きく増えましたがDolly Partonはそれ以上に、「私の曲が新しい世代に届いた」というコトをとても喜んでいたそうです。

ここにカバー文化の理想形があると思うんですよね〜オリジナルへのリスペクト…そして原作者の祝福。


BLACKNUSS feat. NAI-JEE-RIA / THINKING OF YOU
BLACKNUSS feat. NAI-JEE-RIA / THINKING OF YOU の試聴
next recordsのサイトでBLACKNUSSのレコードを探してみる

オイラは今日も、インスタグラムへ紹介記事を投稿するために店頭から12インチを1枚選んでいます。

それがオリジナルであれ、カバーであれ、そこに宿る解釈を感じながらね。

今度、Next Recordsに来ていただいた時にカバー曲に思いを馳せながらレコード棚を覗いてみてください。

きっと、新しい物語に出会えると思いますよ。

店頭在庫のカバー曲はコチラのリンクからチェックできますよ!



Next Recordsではインスタグラムもやっています!
入魂のレコメンドで毎日、ナイスでグッドなレコードを紹介していますのでゼヒ、フォローしてくださいっ!

渋谷の12インチシングル専門の中古レコード店next. recordsでは12インチシングルのレコードを買取をやっています!
ゼヒ、お気軽にお問い合わせください!


毎週、金曜日に新入荷のアナログレコードをサイトにUPしています。

このブログは、渋谷で唯一の12インチシングル専門のレコード屋、next recordsが、運営しています。

Next Records Shop at Shibuya Tokyo Japan.
We are a small record store but we welcome you with a huge selection of original pressed 12" singles.
If you visit Tokyo, please visit our record store!

stephaniem_youcantrun_uk
少し前、ソニーがブルーレイレコーダーの生産を終了するというニュースを目にしました。

DVDの完全上位互換として登場したブルーレイ…より高解像度で、より長時間録画ができる記録メディアの発表当時は「ついにココまで来たかっ!」と素直に思ったんですよね。

時期的には2004〜5年頃ですね、家電量販店のイチバン良い売り場を大型液晶テレビと並んでブルーレイ・レコーダーは並んで売られていたのを覚えています。

時代は高精細へ向かい、家庭の映像体験はドンドン進化していく…そんな未来をカンジさせる存在だったと思います。

けれど、その勢いは想像以上に短かったようです。

登場直後はあれほど盛り上がったのに、気がつけばストリーミング配信に主役の座を奪われたってカンジですね〜ナンていうかその移り変わりの速さに正直驚きました。

このニュースをキッカケに、ひとつの疑問が頭に浮かんだんですよ。

記録メディアはナゼ消えていくのか…。
そして、なぜアナログレコードだけが、いまだに残り、しかもココ数年は再評価までされているのかって。

今回はそんなコトを、このブログを読んでくれるレコードが好きな人たちと一緒に考えてみたいなぁ〜って思います。


記録メディアの歴史は「上位互換」の歴史だった

音楽も映像も、その歴史を振り返ると、実はとてもわかりやすい構造をしていまよすね。

新しい技術が生まれるたびに、それまでのメディアは置き換えられてきました。

SP盤からLPへ。
カセットからCDへ。
CDからMP3へ。
そしてストリーミングへ、みたいなカンジです。

映像で言えば、VHSからDVD、DVDからブルーレイ、そして配信へ。

そこには明確な共通項がありますよね、新しいメディアは常に、より高音質・高画質であり、より小型で、より長時間収録ができ、より扱いやすく、より便利な方向へ向かってゆく。

技術革新は「効率」を軸に進化してきたと言ってイイと思います。

ブルーレイもその流れの中にありますよね、DVDよりも高精細で、容量も大きい…技術的には明らかに優れています。

しかし、ストリーミングというさらに便利な形態が現れた瞬間、その優位性はイッキに色あせてしまいました。

これは決してブルーレイが劣っていたワケではないですよね〜むしろ優れていたと思います。

ただ、より効率的な仕組みによって役割を終えただけってコトなのでしょうね。

この構図を見ると、ひとつの前提が浮かび上がってきます。

記録メディアは常に、上位互換に置き換えられてきたという歴史があります。

だとすれば、なぜレコードだけが例外なのだろうって。


初めて音楽を「所有」した日の記憶

オイラが初めて音楽を所有したメディアは、アナログレコードでした。

子供にとってレコードは決して安いものではなかったです。それでも、自分の好きな曲を自分の意思で、好きな時に再生出来ちゃうという体験は、それまでのラジオやテレビとはまったく違うものだったんですよね。

好きな曲がラジオではいつ流れるかわからないしテレビも同じです…エアプレイされるのを待つしかない。偶然に頼るしかない。レコードを手にするコトによってその世界から、自分で音楽を再生する世界を体験できるワケです。

ターンテーブルに盤を置き、アームを持ち上げ、針を落とす。わずかなノイズのあとに音楽がグワッ!っと立ち上がる。その瞬間の高揚感は今でもハッキリ覚えているくらいインパクトがありました。

そしてナニよりも、自分の棚にレコードが増えていく感覚…この好きな曲がモノとしてそこにあるという安心感は子供ながらに、コレクション欲がメチャ刺激されました。

「所有する」という行為は、音楽体験を何倍にも濃くしてくれたワケです。


CD時代にも消えなかった感覚

CDが主流になり、レコードのリリースが減っていった時代はやっぱり寂しさはありましたね。

でも不思議と、レコードが完全になくなるとは思わなかったんですよ。

当時のオイラは12インチシングルに強く惹かれていました。DJ文化と結びついた12インチシングルは、単なる音源ではなく、現場で鳴らすためのフォーマットだったワケです。

音圧、溝の深さ、ミックスの構造…そこにはCDとは違う文脈があったんですよね。

2000年以降、DJの現場がデジタルへと移行した時は、サスガに時代の大きな転換をカンジましたね。

それでも過去の名作は中古市場に残り、誰かの棚で生き続けていたワケです。

レコードは生産が止まっても、存在は消えない。そこが他のメディアとは少し違っていたのかもしれないですね。


レコードの「存在感」という価値

オイラがレコードに最も価値をカンジているのは、その存在感だと思うんです。

何十年も前にプレスされたオリジナル盤、ちょっと色褪せたジャケット、角の丸みや盤面に刻まれた微細な傷…そのすべてがその盤が辿ってきた時間を語っているワケです。

同じアートワークでも、再発盤ではこの味わいは出ないと思うんですよね〜不思議なものだけど、オリジナル盤には当時の空気が宿っているとカンジる瞬間が結構あるんですよね。

レコードは単なる音の容れ物ではなくって時間を封じ込めた物体みたいなイメージかなぁ。

ストリーミングで同じ曲を聴くコトはできる、音は同じかもしれない。でも、その曲が生まれた時代の空気までは再生されないって思うんですよ。

レコードは音楽と同時に、その時代の物語を再生するって感覚があるんですよね。


不便さが生む集中

現代は常に急かされているって感じるコトがあります。倍速視聴、タイパ、短尺動画…情報はドドドドっ〜て無限に流れ込み、次から次へと更新されてゆきます。

そんな世界でレコードを聴くという行為は、少し異質ですよね〜盤をセットし、針を落とし、A面が終わるまで耳を傾ける、途中で簡単にスキップはできないし曲順も変えられない。

その不便さが、音楽と向き合う時間を強制するんですよね。

この融通の効かないトコロから「レコードは時間を取り戻す装置」なんじゃないかなってって個人的には思うんですよ。

効率の世界から一歩外れて自分のペースで音楽を味わう、その贅沢さが今の時代に逆にフィットしているんじゃんないのかな。


店に来る人が求めているもの

今や多くの購買行為はインターネット経由となっていますよね〜それでも、時間と手間をかけてわざわざレコード店に足を運ぶ人がいます。しかもデジタルネイティブと呼ばれる若い世代の人たちがです。

これは単に音楽メディアを買いに来ているワケではないとカンジているんですよ。

当店では、お客さんの雰囲気や会話から好みを感じ取ってソレとなくその人が好きそうな曲を店内でプレイするコトがよくあります。その一期一会の出会いでレコードを購入していただくコトも少なくないんですよね。

アルゴリズムではなく、人の感覚によるキュレーションみたいなカンジですね。

レコード棚から盤を手に取り、ジャケットを眺め、音を聴き、会話をする。その体験そのものが、レコード店でしか得られない価値になっているっていう部分があるような気がします。


Next Recordsではナニを売っているのか

これまでオイラは、音楽が記録されたレコードを販売していると思っていたんですよね〜まぁ〜実際にレコードを売っているワケですが(笑)

でも最近は少し違う要素もレコードと一緒に販売しているんじゃないかなぁって気がしています。

オリジナル盤だけを扱い、12インチシングルに特化し、自分なりの視点でキュレーションする…そこには単なる商品以上の意味やコダワリがあります。

お客さんはレコードを買うと同時に、自分の時間を買っているのかもしれない…あるいは、自分の物語の一部を手に入れているのかもしれないって感じるんですよね。

レコードは効率のメディアではない、だからこそ、意味のメディアとして残っているんじゃないかなって。


本当の競合は「時間の奪い合い」

レコード店経営者としてカンジているのは、レコード店の本当の競合は他のレコード店ではないんじゃないかなってっていうコトです。

最大の競合は、時間を奪うあらゆるモノだと思うんですよ。

SNS、動画配信、ストリーミング…今って人の注意力は常に分断されて引き裂かれていると思います、でレコードを楽しむには、その人のココロの余裕が必要なワケです。

だからこそレコードは残っているんじゃないかなって…効率を求める世界の中で、あえて非効率を選ぶ人は必ずいますからね。

レコードは決してメインストリームにはならないでしょう〜でも、一定の規模で支持され続けるとは思うんですよね。

デジタルとアナログを行き来するハイブリッドなライフスタイルの中で、バランスを取る存在としてレコードが残るってカンジかもしれません。


レコードは人生そのもの

ブルーレイは衰退しました、それは技術の進化の中で自然なコトだと思います。

でもレコードは残った、性能で勝ったのではなくって意味で残った。

オイラにとってレコードとは何かってコトを時々考えるんですよね〜仰々しいですが(笑)

能書き的なコトはイロイロあるのですが端的に一言で言えば、人生そのものかなっていうトコロに行き着くんですよね。

傷がつき、味が出て、時間と共に深みを増す…回り続けながら音を刻み、誰かの記憶と結びつく…ん〜ちょっとポエミーですが(笑)


STEPHANIE MILLS / YOU CAN'T RUN FROM MY LOVE
STEPHANIE MILLS / YOU CAN'T RUN FROM MY LOVE の試聴
next recordsのサイトでSTEPHANIE MILLSのレコードを探してみる

この記事を読んでただ音楽を聴くだけではなく、音楽と向き合う時間を持ちたいと思ったならゼヒ、レコード店を訪れて見てください。そしてお気に入りのレコードを探してみてください。
ソコからそのレコードとあなたの物語が記録されてゆくと思いますよ。

Next Recordsではインスタグラムもやっています!
入魂のレコメンドで毎日、ナイスでグッドなレコードを紹介していますのでゼヒ、フォローしてくださいっ!

渋谷の12インチシングル専門の中古レコード店next. recordsでは12インチシングルのレコードを買取をやっています!
ゼヒ、お気軽にお問い合わせください!

毎週、金曜日に新入荷のアナログレコードをサイトにUPしています。

このブログは、渋谷で唯一の12インチシングル専門のレコード屋、next recordsが、運営しています。

Next Records Shop at Shibuya Tokyo Japan.
We are a small record store but we welcome you with a huge selection of original pressed 12" singles.
If you visit Tokyo, please visit our record store!



kano_imready

12インチシングルから読み解く制作環境

渋谷で12インチシングル専門の中古レコード店を営んでいて、日々レコードを触り、磨き、棚に並べていると、ある種の「偏り」にどうしても気づいてしまうんですよね。

12インチシングルってUS盤やUK盤が多いのは、正直なトコロ想定内なんですよ…ダンスミュージックの最大の消費地はUSで、12インチシングルというフォーマットを文化として成熟させたのはUSやUKのクラブ・シーンですからね。

これは歴史的にも感覚的にも納得がいくと思います。

でも、その次に棚を占領している国を見ると、その国の規模の割に多いのがイタリア盤なんですよね。

しかも、ただ多いだけじゃなくって80年代を中心に、似た質感、似たテンポ、似た構造の楽曲が、信じられないくらいの量で存在しています。

最初は「たまたまかな」と思っていたんだけど何百枚、何千枚と12インチを扱っていると、それはもう偶然では説明できなくなってくるくらい多いんですよ。
「なんでイタリアだけ、こんなに量産されてるんだ?」
この違和感が、結構長い間オイラの中でずっと引っかかっていたんですよね。


12インチシングルという「前提条件」

そもそも12インチシングルは、鑑賞用のフォーマットというよりもDJがフロアで使うために生まれたメディアという意味合いが大きいと思います。

音圧を稼げる溝の幅、長めのイントロとアウトロ、ミックスしやすい構成…すべてが「現場で鳴らされる」コトを前提に設計されています。

だから、12インチが大量に作られている国というのは、ダンスミュージックを「聴く音楽」ではなく「使う音楽」として捉えていた国だと言ってイイと思います。

USやUKもモチロンそうですが、イタリアの場合は、その割り切り方が一段深かったんじゃないかなってカンジるワケです。


ダンスミュージックを消費財として見ていたイタリア

イタリアの制作者たちは、ダンスミュージックの本質をとても冷静に見ていたんじゃなかなぁ。
ダンスミュージックは流行の最前線にあり、移り変わりが激しく、消費される速度がとにかくメチャ早い。

フロアの空気は数ヶ月で変わり、去年のヒットはもう確実に古くなってしまいます。

なので1曲を何年もかけてヒットするまで育てる必要はないワケです。
むしろ必要なのは、

・短期間で作れるコト
・一定以上のクオリティを保てるコト
・世界中に一気に流せるコト

この考え方が、結果的に「量産」というカタチになったんじゃないでしょうかね。

ココが大事なポイントなんだけど、イタリアは決して「音楽を軽く扱った」ワケじゃなくって、むしろ逆で、ダンスミュージックというジャンルを極めて正確に理解していたからこそ、こうした発想に至ったんだと思うんですよ。


US/UKとの決定的な分岐点

USやUKのダンスミュージックは、人やコミュニティと強く結びついていたと思います。
・誰が作ったのか。
・どのクラブで生まれたのか。
・どのDJがプレイしたのか。

音楽そのものに、必ず「物語」が付随しているコトが多いですよね。

一方、イタリアは違っていて国内市場が小さいので、最初から国外、つまり世界市場を見据えざるを得なかった。

だから、文化的背景や文脈は極力削ぎ落とされるようになったと思います。

誰の国でも、どのフロアでも、今夜スグに使える音楽が求められたみたいなカンジですね。

その結果、「人」よりも「曲」が前に出る…「表現」よりも「構造」が重視される。

この価値観の違いが、イタリアのダンスミュージックを決定的に特徴づけるコトに繋がったんじゃないでしょうか。


分業という名の合理性

80年代初頭のイタリアでは、ダンスミュージック制作が明確に分業化されてゆきました。
メロディを作る人、構成を考える人、シンセの音色を作る人、リズムを組む人、ヴォーカルを乗せる人…それぞれが役割を担い、効率よく作業を進める。

こういうのを聞くと「流れ作業」「手抜き」と感じる人もいるかもしれないけど、実際に曲を聴くと解るとおもいますが音はちゃんと強いし、フロアでもしっかり機能するワケです。

これは手抜きじゃなくって安定供給のための設計された音楽であるコトが解ります。

毎回天才のひらめきに頼らず、一定以上のクオリティを再現できる仕組み…それがイタリア式のダンスミュージックを送り出すシステムだったんじゃないかなぁって思うんですよね。


ヴォーカルというパーツ

イタリア産ダンスミュージックを語る上で避けて通れないのが、ヴォーカルの扱いでしょうね。

同じトラックに別の歌い手、名義を変えてのリリース、国ごとに差し替えられる歌。

USやUKの感覚だと、これはかなり異質に映りますよね〜でもイタリアでは、極めて合理的だったようです。
ヴォーカルは人格ではなく、楽曲を市場に適応させるためのパーツ…だから交換可能だったみたいなカンジでしょう。

この割り切りがあったからこそ、短期間に大量の楽曲を世界中へ送り出すことができたようです。


工業製品化が進んだ時代背景

この流れがハッキリとしたカタチになったのは、70年代後半から80年代前半です。

シンセサイザーやドラムマシンの普及により、少人数・短時間で楽曲を完成させられる環境が整ったことが大きいと思います。

そしてItalo Discoと呼ばれるスタイルが広まり、制作は完全にシステム化されていくワケです。
ここでイタリアは、「天才に頼らないダンスミュージック」という道を選んだという経緯になったと思います。


なぜUSは同じ道を選ばなかったのか

USがこのモデルを全面的に採用しなかった理由は、技術ではなく文化だったからでしょうね。

USのダンスミュージックは、コミュニティやアイデンティティと深く結びついていて効率化しすぎると、その文脈が失われてしまうと自然と思われていたんじゃないかな。

そういったトコロをイタリアは完全に割り切った。
USはシッカリと守った。

どちらが正しいかじゃななくって立っていた場所が違っただけだと思います。


12インチシングルに刻まれた思想

12インチシングルを掘る面白さは、こうした制作思想が溝に刻まれているトコロにあるでしょう…音圧、構成、展開とそのすべてが「フロアで鳴らす」ための合理性に基づいている。

イタリア盤を手に取るたびに「これは感情論じゃなく、設計の音楽なんだろうな」ってオイラは思うんですよ。



工業化の起点はイタリア人だった

イタリアのダンスミュージックがいきなり量産体制に入ったわけじゃなくって調べてみたトコロそこには、ハッキリとした起点があるようです。

すべての始まりGiorgio Moroderからだった

Giorgio Moroderは、イタリア人でありながら拠点はドイツ・ミュンヘンです。

ココが重要でUSやUKのブラック・ミュージック文脈から少し距離を置いた場所で、彼はダンスミュージックを「構造」として捉え直したと言えます。

象徴的なのが、1977年にリリースされた
Donna Summer / I Feel Love と言われています。

ほぼ全編がシンセサイザーで構築され、反復するベースラインとミニマルな展開…グルーヴは人間の演奏ではなく、機械が担っています。

この曲が示したのは、

ダンスミュージックは「演奏」ではなく「設計」で成立する

という考え方だったと思います。

Giorgio Moroderは間違いなく天才です、でも重要なのは、彼の方法論が「再現可能」に見えたコトでしょうね。
ここで初めて、「天才のひらめき」を「仕組み」に落とし込める可能性が見えてきたのかもしれません。


80年代初頭、思想が現場に降りてくる

70年代後半から80年代にかけて、シンセサイザーやドラムマシンがイッキに普及してゆきます。

Linn Drum、Roland TR/TBシリーズ、Yamaha DXシリーズとか有名ですね。
こういった機材によって少人数 & 短時間で、ある程度の完成度の楽曲を作れる環境が整ったワケです。

ここでイタリアのダンスミュージックの制作環境は大きく動きました。
Giorgio Moroderが示した設計思想を、現実の制作現場に落とし込み始めたワケです。


Italo Discoが量産モデルを完成させた

80年代前半、Italo Discoという呼び名で括られる楽曲群が次々と生まれてゆきます。
ココで重要なのは、ヒット曲そのものより制作の仕方です。

中心にいたのが、Pierluigi Giombiniと言われています。

Pierluigi Giombiniは、いわゆる「アーティスト型プロデューサー」ではないでしょう、どちらかと言えば、プロジェクトマネージャーに近い存在だったんじゃないかな。

彼の関わったプロジェクト――
Gazebo / I Like Chopin や Ryan Paris / Dolce Vita は特に有名で世界的なヒットを記録しました。





これらは、強烈なメロディとシンプルな構造を持ち、文化的背景を極力排した世界仕様の楽曲です。
重要なのは、「誰が歌っているか」より「このメロディが刺さるか」が優先されている点ですね。


KANO / I'M READY
KANO / I'M READY の試聴
next recordsのサイトでKANOのレコードを探してみる

渋谷の小さな店で、今思うこと

世界中で作られ、世界中で消費されたダンスミュージックの12インチシングルが、オイラの営んでいるNext Recordsに集まっている。

US盤もUK盤も、そしてイタリア盤も…それぞれ違う思想で作られ、同じようにフロアを熱くしてきた楽曲たちです。

12インチシングルは、ただのレコードじゃないっ!
その時代の制作環境と価値観が、そのまま刻まれたメディアだと思います。

もしこの記事を読んで、イタリア盤の12インチシングルを少し違う目で見てもらえたなら、ちょっとウレシイなぁ〜。
12インチシングルに針を落とせば、そこにはちゃんと「理由のある音」が鳴っていると思いますよっ!



Next Recordsではインスタグラムもやっています!
入魂のレコメンドで毎日、ナイスでグッドなレコードを紹介していますのでゼヒ、フォローしてくださいっ!

渋谷の12インチシングル専門の中古レコード店next. recordsでは12インチシングルのレコードを買取をやっています!
ゼヒ、お気軽にお問い合わせください!


毎週、金曜日に新入荷のアナログレコードをサイトにUPしています。

このブログは、渋谷で唯一の12インチシングル専門のレコード屋、next recordsが、運営しています。

Next Records Shop at Shibuya Tokyo Japan.
We are a small record store but we welcome you with a huge selection of original pressed 12" singles.
If you visit Tokyo, please visit our record store!

commodores_lady_mex

相変わらず、アナログレコードの人気は衰える気配がありませんね。
このブログでもコレまでに何度か触れてきましたが、もはや「ブーム」というコトバでは片付けられないトコロまで来ている気がします。

やっぱり店頭に立っていると、そういった雰囲気を肌でカンジますね。
ココ数年でレコードに興味を持ち始めた新しいお客さん。
そしてもう一方で、1990年代から2000年代のDJブームのド真ん中でレコードを買い漁っていた世代の人たちが、まるでナニかを思い出したかのように戻ってくる。

「またレコード、聴きたくなったんですよね〜」

ナンてそんなコトバを聞くコトも、珍しくなくなりました。


20年ぶりの渋谷と、10枚のレコード

先日、印象的なお客さんにご来店いただきました。
「20年ぶりくらいに、渋谷でレコードを買ったんですよ」

そう言って笑ったその人の手には、すでに他店で購入したレコードが10枚ほど入ったお買い物袋がありました。

ナニ気ない雑談の流れで、そのお客さんがこう言ったんです。

「当時に比べたら、レコードってだいぶ安くなりましたよね〜」って。

ん〜正直、オイラはちょっと戸惑いました。
ココ数年、インフレや円安、そして世界的なレコード再評価の影響で、オイラ自身はレコードの価格が上がっているという実感しかなかったからなんですよね。

「え〜?そうですか?ドッチかというと、結構値段が上がってると思いますケドね」

そう返すと、その人は袋から1枚レコードを取り出しました。

「でも、これとか、昔は3000〜4000円くらいしてたのに、1000円でしたよ」って。


オリジナル盤か、ブート盤か、それは人それぞれの価値基準

オイラは、その盤を手に取った瞬間にオリジナル盤そっくりに作られたブート盤だってコトが解りました

ジャケットの雰囲気、レーベルの再現度、パッと見だと見分けがつかないくらいよく出来ているブート盤です。

ココで少し、オイラの本音を書きます。

オリジナル盤か、ブート盤か…。
ソコに何を求めるかは、人それぞれだと思います。
とりあえず音が鳴ればイイ、曲が聴ければイイ、それも立派な価値基準です。

だから個人的には、ブート盤を買う人を否定する気はありません。

ただ、心のどこかで「あぁ……」って、ちょっと残念な気持ちになるっていうのは正直なトコロであります。

そのお客さんが持っていた10枚のうち、数枚はブート盤でした。

ハナシぶりから察するに、本人はそれらをオリジナル盤だと思って買っているようです。

でも、その場で
「それはオリジナルじゃないですよ」
とは言いませんでした。

そんな無粋なコトを言ったトコロでその人の「今日の買い物体験」が良い方向に転ぶとは思えなかったからです。


視察という名のレコード掘りで見えた景色

数日後、中古レコード販売の今の状況を把握するため、競合他店をいくつか回ってみました。
視察という名の、いつものレコード掘りです。

ドコのお店もそれなりにお客さんが入っていて賑わっていました。
そういう状況を観察して改めて、レコード人気は本物だなってカンジますね。

ただ、レコード棚を見ていて、どうしても拭えない違和感があったんですよね。

オリジナル盤、ブート盤、再発盤が、完全にごちゃ混ぜで並んでいる。

これは今に始まったことではありません。
昔からそういうお店は多かったんですが、今は明らかに違うんですよね。

もう明らかにブート盤と再発盤の割合がメチャ増えていたんですよね


あったはずのレコードが、ない理由

レコード店のエサ箱をチェックしていてカンジたのですが、数年前なら「どこの店にも1枚はあったよね〜」っていうお決まりのタイトルが、見当たらないんですよ。

その代わりに棚に並んでいるのは、オリジナルそっくりのブート盤や再発盤がエサ箱にガッツリ入っていたんですよね。

その光景を見たとき、オイラの頭に浮かんだのが、このコトバでした。

悪貨は良貨を駆逐する

このコトバ、みなさんはどんな意味で使っていますか?


「悪貨は良貨を駆逐する」という、よくある誤解

文字面だけ見ると、

「悪いものが出回ると、良いものの価値まで壊されてしまう」

そんな意味に思えますよね。
正直、オイラもずっとそう思っていました。

実はこれ、実際は違うんです

このコトバは、経済学でいう「グレシャムの法則」って言われているヤツで本当の意味はこうです。

価値の低いものが流通し、
価値の高いものは使われなくなる

つまり、価値がなくなるのではなくって使われなくなる、しまわれるというハナシなんです。


レコードに置き換えると、見えてくるもの

これをレコードに置き換えて考えてみます。

  • 悪貨=粗悪なブート盤・再発盤

  • 良貨=オリジナル盤

レコード人気が高まるホド、良質なオリジナル盤は市場に出回らなくなる。

それはナゼか。

価値が分かる人たちが、手放さなくなったからって考えられなくもないでしょうか。


逆グレシャムとしてのレコードマニア

前置きが長くなりましたが、今回のテーマはココからです。

レコードマニアは、グレシャムの法則を“逆向き”に生きているんじゃないかなって思ったんですよね。

市場で安く流通しているモノではなく、価値を感じたモノを、あえて市場から引き上げる。

転売しない。
使い潰さない。
レコード棚に入れて、何度も聴く、そして保管・コレクションする。

これは非合理に見えるかもしれません。
でも、文化的にはとても合理的な行為なのかも…つまり体験としての保全なんじゃないかなってコトです。


25年、オリジナル盤だけを扱ってきて思うコト

オイラは2000年に、渋谷でNext Recordsという中古レコード店を始めました。

創業当時メインで扱っていたのは、80年代半ば〜90年代後半にリリースされたレコードです。
つまりその時点で、リリースから15年〜25年くらい経った古いレコード盤です。

レコード店をはじめた時からすでに25年が経過しています。
2026年の今では、創業当時扱っていたレコードは発売から40年〜25年が経ったコトになります。

オイラの店は、創業当時からオリジナル盤のみの販売にコダワッてきました。

ブート盤や再発盤は扱わない…それが、店のスタンスです。

で、レコード店をはじめた当時は比較的カンタンに見つかったタイトルが、今ではホトンド出てこないってケースが近年はメチャ多くなってってコトを切実にカンジています。

どうして市場に出てこなくなったのかっていうとまぁ〜廃棄されたレコードもあるとは思いますがそれ以上に世界中のレコードマニアの棚に、静かに収まったからナンじゃないかなって思っているんですよね。


良いレコードが減ったのではない

「良いレコードって、もう残ってないですよね?」ってコレ、よく訊かれるんですよね〜。

オイラは、残ってないんじゃなくってもう「流通しなくなった」だけなんじゃないのかなってカンジています。

それが、今起きているコトなんじゃないかなって思うんですよ。

レコードの人気が上がったコトによってレアなレコードや多くの人が欲しいタイトルは、世界中のマニアがコレクションとして保有し、市場に出さなくなったんじゃないかなって思っています。

たまぁ〜に人気タイトルやレア盤は、店頭に並んでもスグに売れちゃいますしね。

結果として、店頭のレコード棚には価値の低い盤だけが残る。

これ、まさに先に書いたグレシャムの法則と同じ構造ですよね。


で、レコードは、いつ市場に戻るのか?

時々、こんなコトも考えます。

マニアやコレクターの棚にしまわれたレコードは、いつ再び市場に出てくるのか?

タブン、それは今のレコード人気が沈静化したときになりそうかなって…。

ブームが落ち着き、「今スグに売らなくてもイイ」と思える人が減ったとき、
ゆっくりと市場に戻ってくるんじゃないかな〜って思っています。

まぁ〜それがいつ頃になるのかってコトは誰にもわかりませんケドね。


COMMODORES / LADY (YOU BRING ME UP)
COMMODORES / LADY (YOU BRING ME UP) の試聴
next recordsのサイトでCOMMODORESのレコードを探してみる

悪貨は良貨を駆逐する。
その本当の意味は、

良いものホド、
軽々しく使われなくなる

というコトなのかもしれません。

レコードマニアは、その法則を理論ではなく、日常の行動として実践している存在なんじゃないかなって思います。

価値を感じた瞬間に、市場から引き上げ、自分の人生の一部として保管するみたいなカンジかな。

あるイミ、オイラはそういうレコード手渡すシゴトをしているんだと思っています。


とは言えこれからも当店はオリジナル盤だけを店頭に並べてゆきますケドね。

もし「ちゃんとした音で、ちゃんと聴いてみたい」って思ったら、ゼヒ、渋谷のお店やWebサイトを訪れてみてください。


Next Recordsではインスタグラムもやっています!
入魂のレコメンドで毎日、ナイスでグッドなレコードを紹介していますのでゼヒ、フォローしてくださいっ!

渋谷の12インチシングル専門の中古レコード店next. recordsでは12インチシングルのレコードを買取をやっています!
ゼヒ、お気軽にお問い合わせください!


毎週、金曜日に新入荷のアナログレコードをサイトにUPしています。

このブログは、渋谷で唯一の12インチシングル専門のレコード屋、next recordsが、運営しています。

Next Records Shop at Shibuya Tokyo Japan.
We are a small record store but we welcome you with a huge selection of original pressed 12" singles.
If you visit Tokyo, please visit our record store!


↑このページのトップヘ